顎関節症

(1)顎関節症とは

 お口を開け閉めするための左右一対の関節を「顎関節(がくかんせつ)」と呼び、ちょうど耳の穴の前に位置しております。
 みなさんは、お口を開け閉めする際に痛みを感じたり、音が鳴ったりしたことはございませんか?
 あるいは、お口を開けようと思っても、引っかかって開けづらくなったという経験のある方もいらっしゃるかもしれません。
 主にこういった症状が生じている場合、「顎関節症」が疑われます。

 「顎関節症」は日本顎関節学会の症型分類によると、I型からV型の5種類に分けられます。

 筋肉、靭帯などの柔らかい組織の障害が主であるものもあれば、骨の変形を伴うものもあります。
 その中で最も典型的なものは、顎関節の内部に存在する「関節円板」とよばれる組織のずれによるものです。「関節円板」はいわばクッションの役割をなしていますが、このクッションが正常な位置からずれたり、戻ったりする際に雑音が鳴ることが多いのです。
 また、関節円板がずれきってしまうと、顎の運動そのものが障害されますので、ひっかかって口が開きにくくなります。
 つまり、一口に顎関節症といっても、患者様によって病状はさまざまで、病状に合った治療が必要となります。


(2)顎関節症はどうして起こるのでしょうか

 関節円板や筋肉、靭帯、骨などに障害が起こり、顎関節症が生じると述べましたが、症状が出る根本的な原因はどこにあるのでしょうか?
 「かみ合わせが悪いため、顎の調子がおかしくなった」と言われる患者様がみえます。
 その一方で、歯科医の目から見て、(失礼ながら)非常に悪いかみ合わせであっても、顎関節には何も異常が無い患者様も大勢いらっしゃいます。
 かみ合わせの悪さは、顎関節症の原因でしょうか?
 残念ながら、このことについては明確な答えが得られておりません。原因の一つである可能性は否定できませんが、現在のところ肯定する明らかな科学的証拠もありません。高名な専門家の先生の間でも意見がわかれるところです。
 現在では、顎関節症はいろいろな因子が重なって生じるもの(多因子説)と考えられております。
 この説を理解するためには、東京医科歯科大学歯学部附属病院 顎関節治療部の木野孔司 先生の「積み木理論」が分かりやすいと思います。
 前述のかみ合わせの悪さ、夜中のはぎしり、不良な姿勢、精神的なストレスなど、個人によって種類や程度が異なる様々な要因が、あたかも積み木を積み重ねるようにして増していき、総合耐久力(関節や筋肉そのものの強さ)を超えて増加すると顎関節症が発症する、という考え方です。
 これらの積み木を一つ一つおろしていくことが、顎関節症の治療につながります。


(3)顎関節症の治療法は?

 以前は、初期の段階でのおおがかりな手術や、すべての歯のかみ合わせを大きく変えてしまう治療が多くの施設で行われておりました。
 ところが、こういった、患者様へのご負担が大きくて、不可逆的な治療(後戻りのできない治療)を行っても、必ずしも良好な結果が得られるとは限りません。
 最近では、顎関節症は、「自然の経過によって、治癒あるいは症状の軽減が見込める疾患である」との考え方が大勢を占めております。
 したがって、現在では、最初の段階でおおがかりな治療を行うことはなく、薬による治療や理学療法(顎のリハビリ)といった可逆的な治療(後戻りのできる治療)が主体となっております。
 また、マウスピース(スプリント)を夜間にはめてもらう場合もありますが、この治療は患者様によって向き不向きがあり、すべての患者様を対象としたものではありません。
 さらに、前述の薬物療法や理学療法を行っても、なかなか症状が改善されない場合や、痛みが非常にきつい方の場合は、顎関節の内部に注射を行って内部を洗浄し、薬を注入する方法もあります。
 顎関節に強固な癒着がある場合や、骨に異常がある方の場合は、全身麻酔での手術が必要となることもありますが、非常にまれなケースと理解していただいて結構です。

(4)患者様ご自身に注意していただくべきこと

 前述の東京医科歯科大学の木野先生の研究により、顎関節症と診断された方のうち50%~70%の割合で、無意識のうちに上下の歯を合わせる癖(専門的にはTCHと呼ばれます)があることがわかってきました。
 食事の際や、スポーツ、仕事などでくいしばる時以外、上下の歯が合わさることはほとんどありません。無意識の状態では下顎の重さにより、自然と上下の歯が離れるからです。何もされていない時でも歯が合わさっている方は、TCHの可能性があります。
 顎の調子が悪いな、と感じられる方は、普段から歯が合わさっていないかチェックしていただき、合わさっている場合は、顎全体の力をスーッと抜き、歯がかみ合わないよう意識してください。
 また、顎の調子が悪い時に硬いものを食べるのも良くありません。タコやイカ類、硬いパンなどは控えて、なるべく柔らかいものを食べるよう心がけてください。
 頬杖、うつぶせ寝なども顎関節症発症の要因とされます。気づかれたらやめるよう癖付けしてくださいね。

(5)終わりに

 松阪市民病院歯科口腔外科では、日本顎関節学会のガイドラインに沿って、顎関節症の治療をさせていただいております。
 日本顎関節学会専門医が、顎関節症の治療を担当させていただきます。(初診のみ、他の歯科医が診させていただく場合もあります)  患者様に、痛み無くおいしく食事をしていただくことを目標に努力して参りますが、私共の力が及ばない場合は、関連病院(奈良県立医科大学口腔外科、大阪大学歯学部附属病院口腔外科学第2教室)と協議の上治療を進めたり、同院にご紹介させていただく場合もあります。
 歯科治療と口腔外科治療を併せて担当させていただいている関係から、お待ちいただく時間が長く、たいへんご迷惑をおかけする場合もございますが、最近顎の調子が悪いと思われる方は、ぜひご来院ください。