運営方針

 2009年までの松阪市民病院の手術室は、看護師が少ない、麻酔科医が足りない、器材や物品が買えないなど、さまざまな不満が溢れていました。現場は足らないものを増やすように要求しても、それが聞き入れられないことへの不満、諦めが蔓延していました。こうした状況が必然的に職場のマンネリ化、硬直化を招いておりました。そこには長年慣れ親しんできた方法から脱却できず、この作業はこうしなければならない、この器械がないとできない、これをするにはこれだけのけマンパワーが必要だという原理主義的な考え方が伏流しておりました。
 「こうでなきゃダメ、こうあるべきだ」というのが原理主義です。「使えるものがこれしかないなら、これで何とかしよう」というのが機能主義です。現実はリソースが限られているので原理主義を振りかざしても問題は解決できません。マンネリ化を脱し、硬直化した職場を変えるには手持ちの使えるリソースを総動員して、出来る限りのことをするという機能主義に徹する必要があります。ただ限られたリソースでシステムを改善せず成績を上げようとすると労働強化となり、無理をすると職場の雰囲気を悪化させミスの誘発や事故を招く事になります。
 よく仕事場で、「あの人がいないとなにもわからない」ということがあります。でも、仕事がその人ひとりに左右されるというのは馬鹿げています。モノの置き場所を誰でもわかるようにし、その人しかわからないような作業は誰でもわかる作業へ、熟練技を誰にでもできる技術に変えてゆく必要があります。         
 2人でしていた仕事を1人でできるように合理化し、モノがなければそれがなくてもできる方法を考える。モノをあちこち探しているようでは仕事にならない。ある手術をするのに器材やモノをあちこちから引き出してこなければならないようでは準備だけで肉体的にも精神的にも疲れてしまう。さらにそれらを元通り片づけなければいけないと思っただけで気が滅入る。
 モノを探したり移動したりするための時間や労働は、何ら生産的な結果を生じません。したがって、それらの作業を可能な限りゼロに近づけるように、システムや行程を改善する必要があります。
 当然のことながら、手術は手術室のみで動いているわけではありません。外来から病棟、事務部、薬剤部、放射線科など様々な部署が加わり、外科系医師、麻酔科医、手術室看護師、臨床工学士などが複雑に組合わさってはじめて手術がスムーズに行われるのです。これら全体を変えないと手術室だけを変えてもなかなか上手く行きません。
 手術室の整理と動線の改善
 不要なものは廃棄し、内視鏡のモニターや電気メスなどはすぐに使えるように手術室の廊下に配置、各部屋で共通に使うものは各部屋からすぐにアクセスできる場所に配置することでスタッフの動線を改善した。各科で使うものはそれぞれの専用カートを用意し、空いた部屋でどの科でもすぐに手術ができるようにした。
 あちこちに保管されていたものはテーマごとに整理して一カ所にまとめ、だれでもすぐに探し物が手に入るようにした。モノは探すものではなく取るものであるという環境にして探す時間のムダを省いた。 このような改善を繰り返し、手術件数は倍増したにもかかわらず、スタッフの仕事量は以前に比べて逆に軽減され、楽しくたたらけるようになりました。

手術件数は手術室の改善を初めて1年で300件近く増え、全身麻酔の件数は403件から885件へ倍増しました。さらに5年後の去年は手術件数が2504件と改善前に比べて1000件近く増え、全身麻酔件数は1144件と3倍弱まで伸びました。
 一方、手術室のナースの総時間外労働時間は改善後1年で300件近く手術件数が増えたにもかかわらず1613時間から1246時間に減少しました。ナース一人当たりのひと月の時間外労働時間は16.8時間から13時間と短縮しました。また5年後の2015年ではさらに手術件数が増加したにもかかわらず13.8時間とほぼ横ばいでした。